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5.飛木稲荷神社とご神木

 飛木稲荷神社は、押上一丁目仲町会の氏神様です。以下、神社の由緒書や千葉元宮司様に伺った内容・文献等をまとめました。
 飛木稲荷神社のご祭神は宇迦之御霊神(うかのみたまのかみ)で、私たちの命に大切な食物を司る神様です。氏子は私たちの町会を含め一一町会あり、昔のご祭礼は毎年九月十七・十八日に行われていました。

飛木稲荷神社''

 神社が創建された年代は定かではありませんが、東京都の神社名鑑には、次の様に記されています。
 「明治二 (一八六九)年の神社明細帳に、創建は応仁二(一四六八)年と記されている。境内の大イチョウ(ご神木)は、その由来が古いことを物語っている。鎌倉幕府が滅亡した後、北条氏の一門が逃れてこの地に住み、稲荷大明神を分霊しお祀りしたものと言われ、旧請地村の鎮守である。」
 また、古老の言い伝えによると「大昔のある時、防風雨の際、どこからかイチョウの枝が飛んできてこの地に刺さり、いつの間にかすくすく生長し高く聳え立った。当時の人が、これは瑞兆(大変お目出度いこと)と稲荷神社をお祀りしたのがはじまりで、神社の名前も飛木稲荷と命名された」とも言われています。
 このご神木の大イチョウは区の指定天然記念物です。幹の太さは目通り約四.八メートル、高さ十五メートルあり、樹齢は五、六百年以上といわれる区内随一の大木です。この推定樹齢からも神社の創建年代と符合します。
 このご神木は「身代り飛木の大イチョウ」と言われています。境内の説明板には次の様に紹介されています。
 「昭和二十年の東京大空襲で、ご神木のイチョウは、わが身を焦がして、懸命に炎をくい止め、延焼を防ぎ多くの人たちの命を守りました。イチョウは数年後にたくましく緑の芽を吹き出し、私たちに生きる勇気と希望を与えてくれました。」
 このご神木のエピソードは、児童文学書「七本の焼けイチョウ」(日野多香子著・くもん出版発行)や「よみがえった黒こげのイチョウ」(唐沢孝一著・大日本図書発行)等の本になり出版されています。
 また、東京書籍(株)発行の小学校四年生道徳副読本(「どうとく4ゆたかな心で」平成二十三年度)には「ふるさとを守った大いちょう」として、子供たちに解りやすく紹介されています。出版社のご了解を得ましたので、原文をそのまま紹介させていただきます。


 東京都墨田区にある飛木稲荷神社には、五百年も生きている大きなイチョウの木があります。墨田区でもっとも古いこの大イチョウには、次のような言いつたえがあります。
 大昔、あらしでとばされてきたイチョウのえだが、この土地にささって、根づいた。それを見た人々は、「これは、よいことがおこるしるしにちがいない」と、神社に祭ることにした。その「とび木」がこの神社の名前にもなり、やがて生長して大イチョウとなった。
 この大イチョウは、よく見ると、みきが真っ黒にやけこげているのがわかります。高さ十五メートルより先の部分はやけ落ちていますが、黒いみきのあちこちからは、たくさんのえだが生えています。どうしてこのようなすがたにになったのでしょう。
 一九四五年(昭和二十年)、日本はせんそう中でした。そして三月十日の東京大空しゅうによって、多くの家やたてものがやける火さいがおこりました。
 東京大空しゅうでは、B29というひこうきから、たくさんのばくだんが落とされました。そのばくだんの多くは、火さいをおこすためのばくだんでした。当時、日本の多くのたてものは木でつくられていたので、あっという間に火が広がっていったのです。
 そのとき、この大イチョウといっしょに道路にそって植えられていた、何本ものイチョウの木が、せまってくる火を食いとめ、火がもえ広がるのをふせぎました。神社のたてものや近所の家なども、やけずにすみましたが、大イチョウは、みきの全てが黒くやけこげてしまい、ほかのイチョウもやけこげてしまったのでした。
 この様子を見た人々は、
 「あのとき、神社の前の道路で、イチョウが火をくいとめてくれたんだ」「火が広がらなかったのは、このイチョウのおかげだ。」と感しゃしました。
 「でも、イチョウがやけこげてしまったのは、ざんねんなことだ。」
 人々は、とても悲しみました。
 そして、せんそうのあと、何年かたちました。なんと、あの黒こげの大イチョウから、緑の芽が出てきました。地上のみきはやけこげていても、地下の根が生きのこっていたのです。
「大イチョウが生き返ったぞ。」
大イチョウ''

 きぼうをうしないかけていた人々は、よろこびました。
 それから、大イチョウは、まるできず口を手当てするかのように、黒くこげた部分を新しい皮でつつんでいったのでした。
「この大イチョウを見習って、もう一度ふるさとを立て直そう。」
 大イチョウのふっかつは、やけ野原になっていた自分たちの町を、もう一度立て直す気持ちをよびおこしてくれました。
この大イチョウは、げんざい、墨田区の指定天ねん記ねん物になっています。この地いきの人々にとって、ふるさとを守るシンボルとして、大切にされてづけています。


 神社の境内では、有名になったこの大イチョウを一目見ようと、遠隔地から見学に来る人たちを、よく見掛けます。
 私たちの町が、村であった頃の古い時代から、五百年余の間、氏子を見守っていただいた氏神様に感謝すると共に、この様な言い伝えがあるご神木のイチョウの木を、区と一緒になってみんなで大切に保護していきましょう。イチョウの木は、昭和五十一年に墨田区保護樹木にも指定されました。


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